日本のお城としては、名古屋城や大阪城、熊本城などが名城として有名です。しかし、これらの天守閣は全て戦火などで一度完全に焼失し、一から復元されたものです。しかし、日本には、「現存12天守」といって、創建当時のまま、もしくはほぼ創建当時の状態が残っている天守閣を持つ城跡が12箇所あるのです。これらは意外と名前が知られていないものが多いので、ここでまとめた紹介しておきたいと思います。
【1】弘前城
1611年、二代藩主津軽信枚公が完成させた城。この時は5層天守がそびえていましたが、1627年の落雷で焼失。現存の三層天守は、1810年九代藩主寧親が本丸辰巳櫓を移築、改修したものです。国の重要文化財に指定されています。
【2】松本城
1597年頃、石川康長によって創建された城で、国宝に指定されている4天守閣の一つです。関ヶ原合戦以降、城主が目まぐるしく変遷していきましたが、戦国時代そのままの天守が保存されています。
【3】犬山城
国宝に指定されている4天守閣の一つ。1537年に創建された城で、天守閣は現存する日本最古の様式です。近年まで、かつての城主である成瀬家の子孫が個人所有する文化財でしたが、現在は財団法人に譲渡されています。
【4】丸岡城
小高い独立した丘陵に築かれた平山城。1576年、織田信長の家臣柴田勝家の甥勝豊によって築かれました。国の重要文化財に指定されています。
【5】彦根城
1603年、彦根藩主井伊直孝の時、旧大津城天守閣の資材を使って再築されたものが、現存天守として残っています。江戸時代および明治2年の版籍奉還後から明治4年の廃藩置県まで彦根藩の役所が置かれていました。国宝に指定されている4天守閣の一つです。
【6】姫路城
国宝指定4天守閣の一つ。現存天守の完成は1609年、優れた築城家として知られる池田輝政の時です。その外見の美しさから「白鷺城」という呼び名でも有名。1993年には世界文化遺産にも登録されました。
【7】松江城
現存天守は、1611年、堀尾吉晴の築城によるもの。小高い岡に立地し、周囲に内堀をめぐらした典型的な平山城で、天守だけは旧藩士や豪農の懇請により保存され続け、初期天守閣の姿を今に伝えています。
【8】備中松山城
全国で唯一山城跡に残る天守閣で、日本三大山城の一つとされています。臥牛山(標高478m)の一つの峰にあり、天守の位置は標高430mで、現存12天守のうち最も標高の高いところにある天守です。現存天守は、1683年、水谷勝宗によって建造されました。
【9】丸亀城
生駒親正によって、讃岐の西方守護のため築かれた平山城。1615年「一国一城令」によりいったん廃城になりましたが、現存天守は、1642年に山崎安治によって築かれ、1660年に京極高和によって改築されています。天守の規模は現存天守で一番小さいですが、四段の石垣は日本一の高さを誇っています。
【10】高知城
江戸時代に土佐藩主として入国した山内一豊が築城を始め、2代忠義の時代に完成した城です。1727年、城下の大火によって天守閣ほか多くの建造物が焼失してしまい、1747年、山内豊敷の時に、ほとんど同じ工法で再建されたものが現存しています。
【11】伊予松山城
関ヶ原戦で戦功のあった加藤嘉明が築城を開始、25年もの歳月をかけて完成をみた大規模な城です。創建時の天守は1784年に落雷によって焼失し、現存天守は1853年に再建されたもの。姫路城、和歌山城と共に三大平山城の一つとされています。
【12】宇和島城
この城の歴史は古く、941年藤原純友の乱の時に、橘遠保が築城した丸串城にまで遡るとされています。1601年、南予七万石の領主になった藤堂高虎によって、天守が築造され、近世城郭として整備されました。現存天守は1665年、伊達宗利の時代に再築したものです。